主人公の昌昭は営業の訪問先で元カノだったまゆと思いがけず再会した。
しかもまゆは男になっていて、ゆうまと名乗っていた!?
その翌朝。
ジリリリリリリリリリ!!!!
けたたましい音が部屋中に響く。
布団の中からのっそりと手が伸び、起きろと叫んでいる目覚まし時計をつかむ。
リン………
と残響を残して静かになった部屋の中で、昌昭はぐるぐる回る天井を見つめていた。
「二日酔いだ」
昨日、まさかあんな形でまゆに再会するとは思っても見なかった。
ーここからは昨日の出来事だ
「まさか、まゆ?」
嘘であって欲しいと思いながら、声を震わせながら質問する。
「そうだよ。元気してた?」
まゆだった。昔の面影を残した笑顔はそのままだ。
「お、おう。元気だよ」
頭の中はぐちゃぐちゃだった。
なぜ、まゆが目の前に男の姿で現れたのか?
しかも、取引先のグループ会社の社長?…いやいや、今はそれはどうでもいい。
男装が趣味だった?男友達は多かったけど、そんな素振りはなかった。
自分が気づかなかっただけ?
性同一性障害だったのか?まゆが??
まさか、性転換して……?
とそこまで考えを巡らせたところで、まゆ、いや、ゆうまが声をかけた。
「そのまさかだよ」
ゆうまは自分の思考を読んでいるかのように、淡々と答えた。
「え?」
鳩が豆鉄砲を食ったような状況とはこのことだろうか。
頭の中のまゆを振り払い、ゆうまの方に視線を戻す。
「前からの友達はみんな同じ反応するんだ。性を換えたのか?って。まさくんも今そう考えてたでしょ?」
ゆうまは少しだけ優越感を出しながら、混乱している自分を見るのを楽しんでいるようだ。
「あ、いや、突然のことで何が何やら…」
元カノが男性に性転換した話を聞いたら誰だって理解に苦しむ。
理解できない状況に苛々が出てきて、頭を掻いてしまう。
「ふーん。まぁ、いいや!今日は仕事で来たんだろ?じゃあ、◯✖️商事の岡田さん、このシステムの説明をお願いできますか?」
自分の心情はお構いなしに、「元カノ」だった男性は❝昔の自分たちの思い出はなかった❞かのように仕事の話に戻される。
「あ、はい」
そうだ、仕事中だったと無理やりにでも仕事の顔に切り替える。
説明を始めた僕の視線の端には、寂しそうなゆうまの表情があった。
仕事の話をするうちに、冷静さを取り戻した僕は、ゆうまの表情について、説明しながら考えを巡らせていた。我ながら器用だなと思う。
SDGsとか、性への理解が進んではいるものの、日本ではまだまだ浸透しているとは言い難いのが現状だ。
その中でまゆが、ゆうまが受けた誤解や偏見は計り知れない。
さっきの話し方から、昔馴染みで離れていった奴も多いのだろう。
辛かっただろうな…
「システムの説明は以上となります。御社の在庫管理にも有用だと思います」
一商品の紹介を一通り終えて、相手の出方を伺う。
「確かに、海外で取り入れてる形に近いね。前向きに検討してみるよ」
ゆうまは足と腕を組み、社長ならではの余裕がある笑みで返答した。
「じゃあ、今日はこの辺で。導入するかどうかは今週中にでも連絡します」
ゆうまは少し喉が渇いているのか、早く終わらせたい空気を醸し出している。
「わかりました。よろしくお願いします」
スッと立ち上がるゆうま。
僕はソファに座ったまま、こう話しかけた。
「これで仕事の話はおしまい!ここからはプライベートな!」
「え?」
と驚いた様子のゆうま。
予想だにしない展開に僕の方を振り返る。
「これから飲みに行かないか?今日は直行直帰なんだ」
と僕は思い切って誘ってみた。
今この瞬間を逃したら、一生後悔すると思って行動に出た。
ゆうまは時計をチラッと見てから、
「もう17時過ぎてたのか。オレも今日早めにあがる気だったから、飲み行こう」
ゆうまは笑っていた。
その顔は、昌昭にはまゆにしか見えなかった。
18時に駅前のあるお店を指定された昌昭は、そのお店の近くで時間を潰しながら、この後何を話すか、ということに考えを巡らせていた。
(どんなこと話せばいいかな?)
(変な地雷とか踏みたくないけど、聞きたいことは山ほどある)
(一番聞きたいのは…)
その時、声をかけられた。
「なんだ、ここにいたのか」
ゆうまは待ち合わせ時間にちょうど来た。
「店の方で待ってればよかったのに」
不思議な奴だなと思っている表情で僕の方を見ている。
「あ、ごめん」
「なんで謝るんだよ?っと、これこれ!まさくんも、飲む?」
ゆうまは鞄の中からウコンドリンクを指差してニコっとと笑った。
「そんなにガッツリ飲む気なのか?」
さり気ない気遣いにお礼を言うのを忘れた。
「久しぶりの再会なんだから、今日はとことん付き合ってもらおうと思ってさ!ほら!」
ゆうまはドリンクを僕に向かって放り投げた。
「わ!っと!あぶねぇな!」
急に物を投げられると受取れないって!と思いつつ、無事にキャッチした。
「ナイスキャッチー!さすがバスケ部」
ゆうまは嬉しそうに指をパチンと鳴らす。
「ナイスキャッチじゃねぇだろ!」
ハハハと笑い合う僕らは、いつの間にか中学生時代の時のように、自然に会話ができるようになっていた。
お酒の力もあって、この日は大いに盛り上がった。
会わなくなってからこれまで、どんなことがあったか。
高校を卒業してから、渡米して、MBAの資格をとったこと。
思い切って性転換へ踏み出した経緯。
中学時代、性同一性障害に悩んでいたこと。
…そして、それが別れの理由だったこと。
ずっと、ずーーーーーっと胸につかえていたものが取れた気がした。
(そういうことだったのか)
これまで抱えていた想いが全て晴れたわけではない。
だけど、前を向くには十分だった。
(思い切って誘ってみてよかったな)
僕はもうゆうまの中にまゆを探してはいなかった。
昔ばなしのできる、新しい友達。
不思議な感覚だったが、そんな感じだった。
二人の会話はとめどなくあふれて、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
ゆうまと飲んだ翌朝。
この有様である。
「二日酔いだ」
先程大人しくなった目覚まし時計は7時を指している。
「もう起きないと」
フラつく足取りで洗面台までたどり着き、顔を洗い、なんとか身支度を整えていく。
その時、LINEの着信をスマホが知らせてくれた。
ゆうまからだった。
「おはよう!昨日はホント楽しかった!!また飲み行こう!!」
返信を打とうとした時に、ゆうまからもう1通。
「追伸、ウチで働くって話、ちゃんと考えてくれよ!」
一瞬考えてから、
「了解。また飲もうな!」
とだけ返信した。
昨晩、僕はゆうまにヘッドハンティングされた。
なんでも、近々新たに飲食業界に進出するらしい。
そもそも、UMA mobilの親会社の会長が、ゆうまの祖父に当たる人なのだとか。
社名もおじいさんが決めたそうだ。ゆうまはホントにイヤそうだった(笑)
元々会長が立ち上げたUMA mobilの経営を軌道に乗せることができたら、今度はゆうまが好きな業界で会社を設立させてくれるという約束だったらしい。
―「その会社、一緒にやらないか?じいちゃんの周りには優秀な人材は多いんだけど、信頼できる人は一人もいないんだ。みんなオレのこと、会長の孫としかみてないしな」―
その言葉に今ゆうまが置かれている立場が表されている気がした。ゆうまはこう続けた。
ー「オレたちで会社立ち上げて、独立しようぜ!そりゃあ、大変なことばっかりだけど、昔みたいにああでもない、こうでもないってガチャガチャやるの楽しいと思う!!」―
その場では返事はできなかった。
一晩考え、まだ頭は二日酔いでフラフラしてるが、心は決まっていた。
「人生、やらない後悔の方が多いしな!」
「仕事の件、ゆうまと一緒に会社たちあげたい!これからまたよろしく!!」
と返信し、
「こちらこそ、よろしく!」
とゆうまからも返信がきた。
ここから僕の新たな人生が始まる。