〜前回までのあらすじ〜
この物語は自信ナシ、友達・彼女なし、夜の営み経験なし、通称3Nの25歳の主人公山本翔太が巻き起こす、奇跡のファンタジーである!
大好きな幼なじみの志穂を、夏祭りに誘った翔太だったが、告白せずにその場を去ってしまった。
今まで、自信過剰なほど何でもやってきたと自負している翔太だったが、この情けないありさまには、深く後悔していた。
しかし、翔太に辛く悲しい現実が突きつけられる。
志穂が東京に引っ越すのだ。
しかも夏祭りの次の日。
何も聞かされていなかった翔太は、膝から崩れ落ちた。
悲しみを超える喪失感や絶望感が、一瞬にして翔太に襲う。
そこから先、翔太は人が変わってしまったかのように、無気力で頑張ることを辞めてしまった。
残りの小学校生活から今に至るまで、嫌なことやチャレンジすることから逃げる人生を送るのだった。
話は翔太が同僚で親友の航平から、フットサルに誘われるところまで立ち返る。
ーフットサル当日ー
長い長い夢を見ていた。
今になって、小学6年の夏を思い出していた。
あれは夢のままで良いと思ったことは、何度とある。
だが今日は、先程まで見ていた夢よりも不思議な体験が翔太を待っていた。
あの夏の日のように、今日も一生忘れられない日になる。
「日の光って、こんなにも眩しかったっけ。」
普段在宅勤務なものだから、おおっぴらに外で日を浴びるのは、久しぶりである。
航平と駅で待ち合わせをしてから、フットサル会場に向かった。
更衣室に着くと、自分達と同じように誘われてきた人が何人かいた。
「こういうの初めてですか?」
いきなり知らない人に声をかけられた。
「え、ええ、まあ、隣にいる友達に誘われて。」
コミュニケーション能力が高すぎて、今更東京の恐ろしさを知った。
「こいつ、マジで家から出ないもので。」
航平が僕をイジるようにフォローした。
更衣室で僕は、会話のリハビリをしているようだった。
グラウンドに着くと、幹事らしき人達が準備を進めていた。
「女性もいるんだな。」
珍しいものを見るかのように、手を組みながら立っていたら、1人の女性が僕に声をかけてきた。
「もう、入れますよ。」
「あ、ありがとう、ございます。」
一瞬ではあるが、久しぶりに女性と会話した。
恥ずかしながら、声に応えるとその女性と目が合った。
その瞬間、僕は言葉を失った。
はっきりとした顔立ち、そしてモデルの武田玲奈そっくりな感じは、昔と変わらない。
「し、志穂?」
「しょ、翔太」
そこに立っていたのは、12年前告白もさよならも言えなかった、初恋の人だった。
僕が想像している以上に美しさに磨きがかかっていて、芸能人にしか見えなかった。
「よ、よう、志穂、元気してた?」
「う、うん、元気だったよ。」
12年ぶりの飾り気のない笑顔だった。
その眩しさに僕は、色々な感情がフラッシュバックした。
志穂と一緒に過ごした時間の中で、楽しかったこと、ドキドキしたこと、そして、悔しかったこと。
どの感情も、あの夏の日に置いてきたままだった。
何から話せば良いか分からないのは、お互い様だった。
「あれ?志穂ちゃんと翔太、お知り合いなの?」
遅れてきた航平が、後ろから声をかけてきた。
「保育園からの幼なじみだったんだ。」
「中学行く手前で、志穂が東京に引っ越ししちゃって。」
僕がそう答えると、航平は聞かずとも納得した顔になっていた。
「そんなこと、あるんだな、、」
「実は、志穂ちゃんと同じ高校に通ってて、進学クラスで3年間同じだったんだよ。」
「もっと言うと、僕が水泳部の選手で彼女はマネージャーだったの。」
「その繋がりで、社会人になっても、色々誘ってくれるんだよね。」
意外すぎる繋がりに、さらに動揺を隠せなかった。
こんなところで、久しぶりに会ったことももちろんそうだが、志穂と航平の親しさも気になる。
もしかしたら、2人は付き合っているのではないかと思うほどだ。
だが、その憶測はすぐに崩れ去り、違う現実を呼び起こした。
航平が志穂に向かって、ふとこう言った。
「そういえば、旦那さんは今日来ないの?」
航平は何も考えずに、ただ気になったことを志穂に聞いただけだと思う。
頭が真っ白になっている中だと、人は連続して驚かないことを体感した。「え、そうだったの、お、おめでとう。」
反射的に言葉が出た。
そのときの僕は、まともに会話出来るほど、頭の中は正常ではなかった。
志穂にとっておめでたいことだが、少し気まずそうな顔をしていた。
それをすぐに察した航平は、慌てて場を取りもった。
「みんな、もう参加する人が集まっているみたいだから、急ごう。」
結局、その日は試合どころではなかった。
放心状態のまま、プレーしていたのかもしれない。
一緒にプレーしていた人も、違和感を感じていたであろう。
不思議と涙は出なかった。
初恋の女の子が手に届かない位置に行ってしまったのに。
ーフットサルの帰り道ー
更衣室でも、放心状態は変わらなかった。
さすがに異変を感じた航平が僕に声をかけた。
「翔太、今日大丈夫か?もしかして、志穂と昔何かあったのか?」
航平の察しの良さは少し怖い。
不気味なくらい当たっている。
「いや、まあ、昔のことなんだけど、小学生のとき、志穂のことが好きだったんだ。」
一般的に小学生の頃の恋愛は、かわいい思い出として扱われそうだが、聞いている航平の目は真剣だった。
「結婚したって言うから、ちょっとびっくりしちゃって、あ、でも知れて良かった、おめでたいことだから。」
航平はあのときかーと思わんばかりに、天を仰いだ。
まったく、どこまでも責任感が強い男である。
航平は天を仰いだあと、少し間をあけて僕の目を見た。
その目は、航平の明るさの根源である子どものような感じではなく、情熱の中に優しさがある目だった。
その目を見た僕は、航平と志穂の間に強い何かがあることが、言われなくても分かった。
あまりのまぶしさに僕は一回うつむいて、航平に言った。
「志穂は航平が尊敬したくなるくらい、高校でもすごかったのか?」
航平は嬉しそうに答えた。
「そりゃそうだよ、みんなのアイドルであり、リーダーだよ。」
「僕が丸くなって、目の前の人のために頑張ろうと思えるようになったのは、志穂ちゃんのおかげです。」
自分の確信を僕に伝えてきた。
「それは、具体的にどういうこと?」
「航平は昔、丸くなかったの?」
航平は誰でも伝わるくらい、大きなうなずきをした。
そして、僕に向かってこう言った。
「僕が水泳部の部長だったとき、バラバラだった部をひとつにしたのが、マネージャーの志穂ちゃんだったんだ。」
「志穂ちゃんは毎日全力を尽くしていて、そのおかげで速くなった選手がたくさんいるんだよ。」
航平は嬉しそうに僕に伝えてきた。
ヒートアップした航平は、続けてこう言った。
「自分勝手で、何も見えていなかった自分の器を広げてくれたのも、志穂ちゃんだった。」
「僕の救世主です。」
そのときの航平の表情は、誰がどう見ても、感謝に満ち溢れていることが分かった。
僕が小学生の頃に知っていた志穂は、高校生の段階で、人に影響力を与えていた。
それも、航平のような人格者が尊敬するレベルだ。
僕は、志穂と会ってちゃんと話してみたいという思いにかられた。
そんなとき、航平へ一通のメールが届いた。
内容を航平が読み上げた。
「翔太とお茶したいから、連絡先を教えてもらえないかな?」
僕は笑顔で答えた。
「うん、もちろん。」
12年止まっていた針が今動き出す。