「こう君って、本当に私のこと何にも分かってない!」
高校生の頃から付き合っていた彼女との関係が、8年目にしてピリオドを迎えた。
一瞬の出来事だったが、フラれた理由は一生考えても出てきそうにない。
そりゃそうだ、分かっていたらフラれていない。
「ふぁ〜、眠いな。」
「ひとまずPCを起動させてチャットで出勤連絡するか。」
俺の名前は山本 拓哉。
母親がとあるアイドルグループのファンで、そこから取ったらしい。
なんとも適当な理由だ。
そのおかげで、小さいときから「ヤマタク」というあだ名で呼ばれている。
顔は想像にお任せしたい。
社会人2年目の24歳になったとき、世界に衝撃が走った。
そう、新型コロナウイルスである。
そこから社会の生活様式が変わるだけではなく、世界の常識が変わった。
出勤という概念が徐々に薄まり、テレワークが当たり前となった。
巣ごもり消費といって、何もかも宅配で済ますようになった。
飲み会ですら、オンラインでする始末である。
だが、そんな劇的な変化があったにも関わらず、1年も経てば不思議となれてくる。
「チャット出勤連絡完了っと、作業指示先輩から来ていないから、2度寝するか。」
仕事はITのエンジニアをしているが、テレワークになってから、この通り全く身が入っていない。
仕事に慣れてくると、こんなものなのかと思う。
目標なし、向上心なし、彼女なし、至れり尽くせりである。
高校時代はこんな自分じゃなかった気がする。
あの頃を少し振り返ってみる。
「もう1点、決めてこー!」
僕は高校生まで本気でバレーボールをしていた。
いわゆる、青春の全てをかけてというやつだ。
「ヤマタクさん、ここで一気に追いつきましょ!」
「もちろん!初めからクライマックスだ!!」
通ってた学校は公立ながらも文武両道を掲げており、その中でもバレーボール部は県内有数の強豪校だ。
小学生の頃から始めたバレーボールにどんどんのめり込んでいき、気付いたら夢中になっていた。
3歳離れた兄を見て、興味本位で始めただけだったが、部活での経験は、自分の中で今ではかけがいのない大きな大きな存在だ。
兄と同じ高校に進んだのも、バレーボールを本気でやるためだ。
僕が中学3年生のとき、兄が県内の大会で優勝して、全国大会に行った。
あの夏の日の光景は昨日のように覚えている。
思い返せば、あの日から自分の高校生活がバレーボール一色に決まったように思う。
会場の熱気、観客の歓声、選手のプレー、どれも輝いて見えた。
自分もあの舞台でプレーしたい!
自分もあの舞台で全国の強豪と対決してみたい!歓声に包まれてみたい!
自分もあの舞台で兄を超えるような存在になりたい!
一瞬夢のような体験をしたが、プレーをしている兄の姿を見て、夢が目標に変わった。
兄は県の代表に選ばれるほど優秀だった。
自分が不甲斐ないプレーをしたとき、いつも兄と比べてきた。
弟だからというのもあるが、どうしても自分と周りの目を気にして生きてきた。
全てが吹っ切れたのは、兄の言葉だった。
「拓哉がバレーボールを始めたから、俺も本気になれた。」
「1人でやるスポーツじゃないでしょ?」
「拓哉もちょっと視野を広げてみると、違った景色が見えると思うよ。」
その通りだった。
自分が悩んでいることは、ただの自惚れだった。
1年の頃は補欠、2年は準決勝敗退、3年の夏、ラストチャンスにかけていた。
新学校のため、春高のメンバーに3年生が選ばれることはない。学校の方針でもあり、顧問の先生の方針でもある。
「今年こそ、全国へ行く!」
自分と仲間の思いは完全に一致していた。
順当に勝ち上がり、決勝戦を迎えた。
笑っても泣いても、この1戦でどちらが全国大会に行けるか、決まってしまう。
この試合には色々な思いがある。
夢の舞台に立ちたいという思い、兄と肩を並べたいという思い、今まで支えて来てくれた人への思い、負けたチームからの思い、そして全力で3年間戦ってきた仲間達の思い、全てが詰まっている。
言葉で言い表せないほどに強く、僕の精神に宿っている。
試合は想像以上に長引いた。
バレーボールというのは、テンポの良いスポーツだと思っていた。
気付いたら、フルセットまでもつれていた。
「ここを乗り越えたら、全国だぞ!!」
「はい!!」
「絶対勝って、優勝しよう!!」
みんなの士気を上げる。勝ちたい思いはみんな同じだった。
だが、マッチポイントを先に迎えたのは相手チームだった。
今でも鮮明に覚えているが、あの時ほどバレーボールを嫌いになった日はない。
サーブを打つ時だった。
僕が放ったボールはネットに当たり相手チームのところまで届かなかった。
その瞬間、僕は体育館でうずくまり、立つことが出来なかった。
その後のことは、よく覚えていないし思い出したくもない。
ただ一つ頭の中でずっとよぎっていたのは、試合に負けて全国大会に行けないことだった。
他のチームメイトや家族や応援してくださった方達は、僕達のことを「よく頑張った!」とねぎらいの言葉をくれた。
もう一回、言葉にならないほどの感情が溢れてしまった。
バレーボールに対して、未練が全く無いわけではなかったが、今まで頑張ってきた自分を受け入れたくなった。
自分で自分を誇れるほど、人生で1番努力した。
もうバレーに対して思い残すものが、見当たらなかった。
大学に入り就職と誰もがやるようなことを経験していくうちに、頑張らないことに慣れてしまっていった。
あの頃に比べたら全くと言っていいほどに輝きを失ってしまった。
自覚しているから、尚更だ。
それは重々自覚している。
仕事に対して、夢中になれない自分がいる。
9時の始業連絡を入れると、14時のMTGまで自分の時間だ。
会社に出勤していた時は、社会人1年目ということもあり、周りの目ばかり気にしていた。
兄と比べていた自分がいるみたいに、もともと他人と比べる癖があるのかもしれない。
あの時と違うのは、吹っ切れる前に、仕事をしながら動画を観るほどに堕落してしまったことだ。
バレーボールを本気で取り組んできたからか、ここぞという時の集中力は自分でも自信がある。
メールを開いた瞬間に自分のタスク量を把握して、どのくらいで完了するかがだいたい分かる。
「今日は14時からのMTGの前に仕事を終わらすか。」
早く仕事を終わらせば、あとは自由だ!
無理に頑張らないのが、僕の主義だ。
部の主将を務めていたこともあるせいか、何かと物怖じしない。
会社の先輩や上司からは、堂々としているねと褒められることがあるが、ありのままである。
周りの評価は内心とは裏腹で、ありがたいことに、期待されている。嬉しい悲鳴だ。
別に出世する気は、全くない。仕事のやりがいより、プライベートや自分の時間を大切にしたいのだ。
上司や先輩には申し訳ないが、そっとしておいてほしい。
「そういえば、今回のMTGは山本さんとの案件だから、一応コミュニケーションをとっておくか。」
唯一、僕がこの会社で尊敬しているのが、山本さんだ。
この方は本当にすごい!仕事が出来て、なおかつ人に教えるのも上手い。
そして、驚くほどの遊び人なのだ笑。
年齢は28歳とちょっと上で、結婚を考えてそうだが、彼女が何人いるか分からない。
仕事の話以外は、基本的に女の子の話しかしていないので、一見すると、チャラそうとかふざけていると思われることもあるかもしれないが、仕事に対して圧倒的な結果を出しているので、上司を含め周りにいる人は山本さんを尊敬している。
山本さんのマネをすれば、問題ないと僕含めて後輩はみんなそう思っている。
想像通り、14時からのMTGは何事もなく終わった。
一息ついていると、山本さんから意味深なメールが届いた。
「件名、今日の夜空いてる?笑」
まるで、暇な大学生が彼女に送る内容かと思えた。
メールを開けると、想像以上にとんでもない内容だった。
「今週の土曜日、合コンする予定だったけど、俺行けなくなったから、代わりに幹事頼む。」
目を疑った。仕事が出来る人がとても依頼してくる内容ではないと思った。
すかさず僕は、山本さんに電話をした。
5コールくらいして、電話に出てくれた。
山本さんは僕に向かって、とんでもない一言を言った。
「お店を予約していないから、そこから頼む!」
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〜第2話〜