アラサー女子、婚活始めます、
じゃなかった。
正しくは、
アラサー女子、婚活始めました。
これは、
大学の同期の結婚報告(しかもできちゃった婚)を受け、やばい!!とお尻に火がついて今流行りのオンライン飲み会から婚活をスタートしよう!と決めた私のとある1日のドラマである。
ざっくり言っちゃうとそんな感じなのだが、
まだ本番はこれからである!
そして今、わたしは何もわからず、ぴかぴかに磨き上げられた鏡の前に座っている。
会社の後輩の田口に連れてこられたのが、新宿の伊勢丹の化粧品売り場。
こんなところ、本当に久々に来た。
最後に来たのは確か、、、年末のクリスマスの時期だ。
最先端のオシャレなファッションに身を包んだ女性が行き来する入口付近でビビっている私を横目に、田口は一寸の迷いもなく中に入っていく。
目指すは化粧品売り場らしく、しっかりした足取りでシャネルの化粧品売り場に入っていく田口。
自分のシンプルなスーツコーデがこの場で浮いていないだろうか、ということばかりが気になっている私の心は完全に置き去りにされている、気がする。
田口はシャネルの売り場に立つ美しい美容部員さんを捕まえて、たった一言、
「今晩オンライン飲み会なんで、最高にzoom映えするメイク用品を見繕ってください!」と物申した。
いつもの営業のスタイルとまったく変わらない竹を割ったような物言いに、横で感心していると、さあどうぞ、とまだ20代半ばぐらいに見える美容部員さんが鏡の前に連れてきてくれた。
そして、今に至る。
「愛さんは、ブルーベースで色が白めなので、はっきりしたビビッドピンクカラーのチークが似合うと思うんです」
と、私の心はそっちのけで田口は楽しそうに美容部員さんと話している。
たしかに、と美容部員さんはうなずき、
「普段どういったお色味の服を着られることが多いですか?」と尋ねた。
「あ、あの」
と返答に迷った私をおいて、
「今日オンライン飲み会があるので、それに似合う最高のメイクをお願いしたいんですよね」
とまたさっきと同じようなことを田口が言った。
なるほど!と美容部員さんはふわりと営業スマイルを見せて、単刀直入すりぎる田口のフリも上手に交わしていく。
この美容部員さんは口数が少なく、接客でたくさん話されると疲れてしまう私にはちょうどいい感じの接客スタイルで少しだけ安心する。
慣れた手つきでまずは今のメイクを全部落としてもらう。
このクレンジング、とってもいいにおいがする、、とぼんやりしていると、
あれよあれよという間に化粧が出来上がっていく。
私がいつも時短でたった5分で済ませている化粧とはまったく違う出来上がりの女がこちらをじっと見つめている。
「最高に、きれいです、先輩!!」
そう感極まったように田口は言ってガッツポーズをし、ちゃっちゃと精算をして出ていってしまう。
仕事においてもプライベートにおいても、とにかく彼女は即断即決の女なのだ。
すがすがしいほどに。
え、いつの間に、、と思っている矢先、もう先ほどお世話になった美容部員さんの姿は化粧品売り場から出たことで視野から見えなくなっていった。
ちょっと、お会計、と言おうとした私を、田口が「買ったのは、あのチークだけなので、大丈夫です!」とよくわからない返事をして、エスカレーターに乗ったので、私も一緒にエスカレーターに連れられるようにして上へと上がっていく。
まるで「ローマの休日」みたいだなと思っていたら、
次は婦人服のフロアに到着。
流されるままにラベンダー色のトップスを試着して、即購入。
コスメを買ったあたりから、私自身もどこかのスイッチが入ったようで、ぱっといい!と思ったら買う!ということに抵抗がなくなってきた。
ふと気が付いた、これまで私はほしいなって思ったものだって、「今はいいや」ってたくさんのものをあきらめてきたなってことを。
今はいいや、
とか
デパート行くのだって、こんなオシャレな伊勢丹に来てショッピングすることすらどこかで面倒くさくなって、「また今度でいいや」って毎週末自分に言いきかせていた。
20代前半のころは、ちょっと高いからな~、と思って、ドキドキしながらデパートの1階に入って、きらきら輝くフロアの照明や、美容部員さんの笑顔とか、そういうものにドキドキしながら買い物するのが楽しみだったっけ。
この数年間、ショッピングだってつまらなくって、
いつでも手に入るかな、って自分に言い聞かせて、
たくさんの経験や時間や人間関係すらも、ぽいぽいしてきた自分がいたことに気づいた。
最近ドキドキしたのっていつだっただろう。
最近嬉しいなって思ってワクワクしたのって、一体いつだっただろう。
これまでコンサバ系の服でメイクもファンデーションに眉毛だけ、といった状態だったアラサー女が、今や明るいラベンダー色のニットにくっきりはっきり華やかなメイクの施された顏でこちらを見返している。
その姿を見て数秒の間、息が止まる。
私って、こんな顏してたんだ、
そう思った。
まるで別人だった。
気づけば、トイレを済ませて鏡張りの化粧室に戻ってきた田口がこちらを見て微笑んでいる。
「どうですか?」
と一言だけ言って、私の言葉を待っている。
「…最高!」
思わず口をついて出た言葉を聞いて、田口の笑みも深くなる。
「こうやって、女は輝くんです」
そう言って、田口は不敵な笑みを浮かべて前髪をかき上げた。
だから、と田口は言葉を続ける。
「だから、さぼっちゃいけないんですよね。女として生きること。女として輝くことだって、美しくいることだって。さぼったら、どこまでも転がり落ちれるから、いつも」
ふと言葉を切って、田口は化粧ポーチのジッパーをジジ、と締めた。
「いつも、こうやって、転がり落ちないように、女として生きてるよなってことを再確認するんです、私も」
田口とはこれまでも普通に女子会と称して何人か同僚の女性たちと交えて複数で飲みに行ったことはあったけれど、こうして二人で話したことは意外となかったのである。
いつもきれいにヘアアイロンで巻いているのであろうヘアスタイルも、メイクも当たり前のようにできる子なのだと思っていた。
「田口ちゃんでも、そういう感じなんだね」
思わずつぶやくと、ふふ、と田口は笑って見せた。
「ありますよ、私だって。たまに一日すっぴんでまったく家から出ないオフデーだってあるし、そういう日の私も私なので、両方大事にしてて」
田口の口から意外な言葉がぽんぽん出てくるので私は鉄砲玉をくらった鳩みたいになってしまった。
「てことで、私ももれなく、その今晩あるっていうオンライン飲み会に参加させてくださいね」
普段の私だったら、そんな申しでがあったとしても、即お断りだったはずだが、
なぜか、
うん、ぜひ、
と口からついて言葉が出てきていた。
それじゃ、こっからが本番ですね、
と田口はにっこり笑って、私たちは戦利品を片手に新宿の暮れゆく空の下へ飛び出していく。
ここからが、私たちの戦場で、戦闘開始。
田口の言う通り、ここからが本番だ。
女たちの戦いは、もう始まっている。
▼次回:8月21日金曜更新予定
いざ、オンライン飲み会!果たして素敵な出会いはあるのか…?
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