季節は5月。
僕はこの季節が嫌いだ。休みが多いと、やることがないからだ。
だから、この季節がというよりは、長期の休みというものがあまり好きではない。
もちろん、普段の休みは仕事の疲れや鋭気を養うためにも必要だ。
けれど、必要以上の休みは自分の人望のなさや孤独感と正面から向き合うことになる。
「はぁ…早く休み終わらないかな」
僕は岡田昌昭、24歳の社会人2年目のサラリーマンだ。
こんなことを言っておきながら、仕事にやりがいを感じているわけでもないというところが、僕の救えないところだ。
1週間営業の仕事をすると、心身ともにボロボロになって土日を迎える。
土曜は昼過ぎまで寝て、そこから溜まっている家事をこなし、日曜は月曜からの仕事の準備に充てる。
端から見たら勤勉で従順なサラリーマンに見えるかもしれない。
確かにそうだ。入社当初からこれまで、自分の仕事の評価だけを気にしてきた。周りからアイツはできる、他の奴とは違う、と見られるように努力してきた。
でも、もう限界かもしれない。
今はもう、燃えるものが何もないのだ。仕事でも、プライベートでも。
仕事はそれなりにこなせているとは思う。しかし、部活の時のようにキラキラした、今を生きてる!という感覚が全くない。
僕はこういうことを考え始めると、決まって中学時代のことを思い出す。
-中学時代-
思えば中学の3年間は、僕の人生の中での黄金時代だった。
中学校時代、全てがうまくいっていたあの頃。
僕は部活に全てを注いでいた。
「岡田!!走れ走れ!!前空いてるぞ!!」
監督が僕に指示を叫んだ時、僕はもうすでに走り出していた。そこへ後方からのロングパスが通る。レイアップシュートを決めて、近くのチームメイトとハイタッチする。
「よっしゃ!!気ぃ抜くな!ディフェンス一本!!」
士気を高めようと、僕は仲間に声をかける。
中学の頃、僕はバスケ部のキャプテンを務めていた。
レギュラーで4番。自分で言うのもあれだが、チームの中での実力は1番だった。練習量も誰にも負けない自負があった。
チームメイトや、監督からの信頼もあって、今思うとマンガやアニメの中の主人公のようだった。
「ピーーーー!!!」
試合終了を告げる笛の音が体育館に響いた。
この日は公式戦の準決勝。相手との実力差はほとんどなく、後は気力と集中力の勝負。
チーム一丸となってこの日は僅差でなんとか競り勝つことができた。
「ありがとうございましたっ!!」
相手チームとギャラリーに一礼して、ベンチに戻ると、チームメイトの和也が声をかけてきた。
「まさ!やったな!」
「おう!次は決勝だな!!」
和也は副キャプテンを務めていて、僕とニコイチで部を盛り上げてくれている。親友だ。
「最後の速攻が効いたな!さすがの反応の早さだった」
「和也のパスが絶妙だったんだよ」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ!佐藤が惚れるのもわかるわ!」
「それは関係ないだろ!」
佐藤というのは僕の彼女。そう、この時僕には彼女がいた。人生で初めてできた彼女だ。
相手の名前は佐藤麻優。
女子バレー部のキャプテンで、運動神経バツグン、勉強もでき、容姿端麗。才色兼備を絵に描いたような人だった。
誰がどう見ても、羨望の眼差しを注ぐカップルだった、と思う。
この時はまだ自分の人生、なんでも思い通りにいくような気がしていた。
あの日までは。
その日は麻優と久しぶりのデートの日だった。映画を観て、ランチをして、とても楽しい時間だった。
でも、麻優は僕が話しかけても、相槌を打つだけで、気もそぞろだった。
まゆがどこかいつもと違う、そんな違和感を感じてはいた。
帰り道。電車を降りて、いつも別れる交差点に近づくと、まゆがおもむろに口を開いた。
「まさくん、ちょっといい?」
「なに?どした?」
嫌な予感がした。
「別れてほしいんだ」
長い沈黙の後、「なんで?」と聴き返すのがやっとだった。
「まさくんのことを嫌いになったとか、そういうことじゃないんだ。でも、最近どうしても気持ちがついていかなくて…ごめん」
何も言えずに僕は走り去っていくまゆの背中を見ていた。
頭の中では、
「気持ちがついていかないって何?」
「嫌いになったんじゃないなら、なんで?」
「オレの何がいけないんだ?」
というような質問がぐるぐる回っている。
いろいろ問いかけたい言葉はあった。でも、その時の麻優の表情や、様子からは、別れることを決めている感じがひしひしと伝わってきていて、結局何も聴くことが出来なかった。
これが中学3年の時の淡い思い出だ。
おかげで冬になると、このことを思い出す。
何年も経っている。女々しいと言われたらそれまでだが、自分にとってはそれほどまでに鮮烈な記憶なのだ。
中学の時に燃え尽きてしまったのか、高校に入ってからは部活に入るでもなく、勉強に打ち込むでもなく、のらりくらりと毎日を過ごすようになっていた。
中学の時とは打って変わって、地味キャラに転身してしまった自分がいた。
今思うと、その現状を受け入れる器量があったら、今の自分はもっと違う自分になっていたかもしれない。
高校時代は、特に何のトピックもないまま終わりを迎えた。
大学には入ったものの、華々しい大学デビューを飾ることもなく、相変わらずのらりくらりと毎日を過ごしていた。
自分を変えようと思い立って、サークルに入ったり、彼女を作ったりもしてみたが、どれも長続きはしなかった。
せめて学業は頑張ろうと、経済学部経営学科の大学生としては、周りから浮くほどの真面目なキャラとして認識されるようになっていた。
おかげでテスト前は声をかけてくる同級生も多かったが、テスト後になるとサーっと波のように引いていく奴らばかりだった。
そんなことが続いて、僕はいつからか人に心を開かなくなっていた。
自分のことを伝えることもうまくいかなくなってきて、就活もかなり苦労して、ようやく拾ってもらった。
だから、会社の仕事はちゃんとやろう、今度こそ自分を変えるんだ!!と思って今まで頑張ってきたけれど、中々うまくはいかないものだ。
「会社、やめようかな」
ふと口に出てしまった言葉だった。その言葉を振り払い、明日の仕事のことに集中することにした。
幸い、今日は連休の最終日、明日からはまた仕事に追われる日々が始まる。そうなれば、このモヤモヤした気持ちもどこかに行ってくれるだろう。
そんなことをぶつぶつ呟いていると、営業の先輩、笠原さんからメールが届いた。
「明後日訪問する新しい取引先の資料、明日までにまとめといてくれる?明日の打ち合わせで使いたいからさ」
「よし!」と全てをふり払うように、僕は仕事モードに突入した。
「了解しました。今から作成します」
と返信して、自宅のパソコンに向かい、取引先の資料のまとめに取り掛かった。
「UMA mobil?聞いたことない会社だな」
佐藤ゆうまという人が社長をしているらしい。
「24歳で社長とかって、すごいな。それにしても、自分の名前を会社の名前に使うって、結構自己主張強いのかな?」
なんてことを考えながら、淡々と資料をまとめていった。
この時の僕は、明後日の僕に訪れる衝撃を知る由もなかった。