あらすじ
副室長という責任ある立場に就くにあたって、社長から提示された条件は、「全社イベントのBBQの幹事を担当すること」だった。
やり遂げるために根を詰めすぎ、深夜までBBQの幹事の調査に明け暮れたかなは、幹事ミーティングにて倒れてしまう。
幹事ミーティングがあった夜、医務室にてゆうたから一緒に余興をやってみようと提案されたかな。
驚きもありつつ、かなとゆうたはなんだかいい雰囲気になっていた。
〜翌日、AM9:00〜
「おはようございます!!」
バタバタバタ!!と騒々しい物音とともに、かなは今日も始業ギリギリに自席に着いた。
周囲の社員たちは、どうしたどうした?といった表情を浮かべている。
先週まではみんな、かなが1番乗りで仕事を始めているのが普通で、ましてや2日連続で遅刻ギリギリになることなど、天地がひっくり返っても起こらないと思っていたようだ。
当の本人は、昨日の今日でまだ頭がぼーっとしていた。
(昨日は早瀬さんを遅くまで自分の看病に付き合わせてしまった。自分の健康管理がなっていなかっただけなのに。)
と頭の中では猛省を続けている。
(それに、余興の担当になるなんて思ってもみなかった。それも、早瀬さんと一緒に。)
昨日は気持ちが昂ってよく眠れなかった。
最初に役割を言い渡された時は、拒絶反応が如実に現れていたけれど、今は不思議と受け入れている自分がいた。
(なぜだろう?)
室長に言われても納得いかなかったのに、早瀬さんに諭されると、それもそうかもしれないと思ってしまった。
昨日初めて会ったはずなのに、ずっと前から知っている気がする。
そんな感覚もあった。
(気のせいだよね…)
頭の中でぐるぐると回る考えを振り払い、仕事モードに突入した。
いつも通り、オフィスは静寂の中でカタカタとパソコンのキーボードを打つ音が響くようになった。
周囲の社員たちは、ホッとするような、ガッカリするような雰囲気に包まれていた。
このいつもの雰囲気が良くないことは、自分も以前から気づいていた。
3ヶ月ほど前、広報室のある社員が突然退職した。
聞いた話によると、退職の理由は職場の雰囲気に耐えられなくなったためだとか。
その頃だけでなく、よくよく考えてみるともっと前から、こういう殺伐とした雰囲気に変革を!という声にならない声があがっていたのかもしれない。
何か変えなければ、とは思っていても、何を変えたらいいかわからない。
ただ、そもそもそれは私の仕事ではない。
とかなは思っていた。
広報室の仕事は、プレスリリースの作成や会社のイベント告知資料の作成など、多岐に渡っている。
この日も、仕事は容赦なく降ってきていた。
次々入ってくるメールが、広告の効果の調査や、新しい広告の依頼などの仕事を連れてくる。
それらのメールを仕分けし、自分で対応できるものは自分で対応し、どうしても手が回らないものは他の社員に振る役割を担っており、実質副室長と同じような仕事をやっていた。
いつものようにすごいスピードでメールを処理していく。
そして次第に他の社員に振る仕事も増えていく。
程なくして、「あのー…上田さん、ちょっといいですか?」と後輩社員が声をかけて来たが、「ごめん!今ちょっと手が離せないの。他の人に聞いてくれる?」と、かなは自分の『仕事』に集中している。
広報室の雰囲気を気にしていた室長は、執務室から出てきて、そんなオフィスの様子を遠目に何度も目にしていた。
同時に、どうにかしないといけない、とも感じていた。
(仕事を振っている上田くんがキーマンなのだ。今回の幹事を経験して、何かに気づいてくれれば良いのだが…)
室長は複雑そうな表情を浮かべて、かなや周囲の社員たちの様子を眺めていた。
室長がかなを飲み会の幹事メンバーに加えたのは、この雰囲気を変えるキーパーソンが、彼女だと感じたからだった。
その時、かながキーボードを打つ手を止めて、ボーッとしている様子が目に入って来た。
(こんな事は今までになかったな。すでに変化が起きているのか?だとしたら、これはうまく行くかもしれないな。)
と期待を胸に、室長は執務室へと戻っていった。
当のかなは仕事をしながら、時折頭の中で笑いかけてくる早瀬さんの笑顔と格闘していた。
ボーッと手を止めている自分に気づくたびに、頭をぶんぶんと振って仕事に戻る、を繰り返していた。
そんな中、お昼前に早瀬さんからメールが届いた。
「お疲れ様です。早瀬です。体調はどうですか?今日出社しているようでしたらランチ一緒にいかがですか?余興の件も詰めたいですし。」
「お疲れ様です。上田です。ぜひお願いします。」
と30秒程で返信していた。
〜同日、PM12:00〜
早瀬さんとは会社の一階、エントランス近くで待ち合わせることにした。
昼休みになってすぐ、エレベーターで一階に向かった。
一階のエントランスには、すでに早瀬さんが立っていた。
「早瀬さん!お待たせしました!」
「あ、いやいや。僕も今来たところなんですよ。」
「じゃあ行きましょうか。」
と、2人はエントランスを出て歩き出した。
会社近くのイタリアンレストランに行くらしい。
かなはいろいろ聞きたいことがあったのだが、昨日の今日で、中々話を切り出せずにいた。
「体調はいかがですか?」
と早瀬さんの方から声をかけられた。
「あ、はい。大丈夫です。昨日はすみません。ありがとうございました。」
「あ、いやいや。気にしないでください。」
と早瀬さんは照れているのか、鼻をぽりぽりとかいている。
そんなことを考えているうちに、目的のお店に着いた。
早瀬さんがチョイスしてくれたのは会社近くの小洒落たイタリアンレストランで、私も前から気になっていたお店だった。
ランチのメニューを注文して、早速本題に入った。
「あの、早瀬さん。余興を一緒にやっていただくっておっしゃってましたけど、一体何をやれば良いのでしょうか?」
「上田さんは、料理ってしますか?」
「料理ですか?まぁ、一通りはできると思いますけど。」
「よかった!実は、僕も取り柄といえば料理くらいしかなくて」
「だから余興は料理にしようかなと思います」
「ええ!?料理ですか?」
「うん。あらかじめ社長にリクエストしてもらった食材を用意して、会場からどんな料理にして欲しいかのお題をもらうんです。それを僕らでBBQの間で完成させます」
かなは、口が開いたまま固まってしまっていた。
「中華や洋食とかある程度絞る必要はあると思うんですが、何度か練習すれば大丈夫かと」
ようやく事態を飲み込めてきたかなは、
「なるほど。でも、料理なんて余興になるんでしょうか?隠し芸、みたいなイメージがあるんですが」
と聞いてみた。
「大丈夫だと思いますよ。ようはその場が盛り上がって空気がよくなればいいですからね」
「空気、ですか、、、」
納得しつつも、最近の職場の雰囲気のことを思い出し、かなの表情が少し暗くなった。
すかさず、
「あれ?何か気になりますか?何をどう料理するかとかはこれから決めていくから安心してください。」
「あ、はい。」
「何か他に気になることがあるんですか?」
「…実は」
とかなは最近の職場の雰囲気や状況を話し始めた。
かなの話を聞いた後で、運ばれてきたパスタを食べながら、早瀬さんが話し始めた。
「うーん。なるほどー。空気感は大切ですよね。そんな感じになったのはいつ頃なんですか?」
「半年くらい前ですかね?その時にちょうど私が今の仕事を引き継いだんです。」
「あ、仕事を振り分けるってやつですか?」
「そうそう、それです。」
「ちなみに、上田さんが仕事を振る時ってどんな感じでやってるんですか?」
「どんな感じ、、、ただメールで仕事をお願いしているだけですね。」
「あー。なるほどー。その辺かもしれませんね。仕事を振るメンバーとはコミュニケーションを取っていますか?」
「いえ、振られる仕事はそれぞれの仕事なので、やるのが当然なのでは?」
そう言うと、早瀬さんの表情は少し困ったようだった。
「それは仕事を振られる側からするとやりづらい気がしますね。一言、二言でもいいから、労いというか、声かけがあった方がよいかと思いますよ。仕事って、1人でするものではないですからね。」
「はぁ…」
と合点がいっていない様子のかなに対して、
「上田さんは、黙って振られる仕事に対しても、責任持って対処するのが当たり前。というスタンスで仕事されているかもしれませんが、それをよしとする人もいれば、そうじゃない人もいるってことですよ。」
「なるほど。そうなんですね。」
「試しに午後の仕事の時、振り分けメールの文面に、何か一言お願いや労いの一言を入れてみてください。少しは変わるかもしれないですよ?」
「わかりました。試しにやってみます。」
〜同日、PM13:10〜
かなは、メールの文面に、「お忙しいところすみません。こちらの案件も対応可能でしょうか?」のような文面を追記して振り分けの仕事にあたった。
すると効果覿面!
「大丈夫です!やれます!!」
というような、やる気のこもったメールが返ってくるだけでなく、心無しか、職場の雰囲気も明るくなった気がする。
(なんだ、こんな簡単な事だったのか…)
と、メールの文面ひとつで人の仕事のモチベーションがこんなにも変わることを知り、うなだれるかなであった。
続く…
「Coiラボ」は、今後も日常の中で発展したご縁や、新しい出会いに繋がる気付きをストーリーを通して発信していきます。