「かんぱーい!!」
7月の初夏。千葉県某所のキャンプ場にて、私が所属する会社の慰労会を兼ねたBBQが始まった。
私の名前は上田かな。某コンサルタント会社で、企画職をしている。
自分で言うのもなんなんだけど、仕事一筋の、絵に描いたような「バリキャリ女」である。
仕事にしか興味のない私は、社内の催し事には極力関わらないようにしていた。
プライベートの時間は専ら1人で過ごしていた私が、今BBQ会場の片隅にある洗面台でじゃがいもを洗っている。
なぜ、このような場所に私がいるのか。
ことの発端は2週間前に遡る。
〜2週間前、金曜日、PM10:00〜
「さて、こんなとこかしら」
とそう呟いて私はガチガチに固まってしまった肩をほぐす。
(マッサージでもいこうかな…)なんて考えていると、
「おつかれさん!」
と声をかけられた。振り返ると、企画室、広報室の室長を兼任している、斉藤室長が立っていた。
「室長!まだ残られてたんですね。お疲れ様です。」
「いやいや、たまたま会議が長引いてしまってね。中々次期副室長が決まらないんだ」
私は自分の身体がピクっと強張るのを感じた。
そう、企画室の副室長は、何を隠そう、私が狙っているポジションだった。
室長の言葉は正直意外だった。
私が1番企画室の仕事に対して理解をしていて、1番仕事に打ち込んでいる自負があったからだ。
私が次の言葉に詰まっていると、室長が話し始めた。
「意外だったかな?」
「あ、いや、そんなことは…」
「ははは、冗談だよ。
誰が見ても、上田さんが1番企画室の仕事を頑張っているからね。
もちろん僕も上田さんのことを推しているんだがね…なかなか上からの承認が得られないんだ」
「そうなんですね…何がいけないのでしょうか?」
「うーん…おそらくだが、上田さんは会社のイベントにこれまで一度も参加していないよね?」
「はい。仕事に関係ないですから」
「それはそうなんだが、上が気にしているのは上田さんの仕事以外のところなんだよ」
「え?」
「いくら仕事ができても、上の立場にたったら、それだけでは組織は動かせない。
部下を労ったり、悩みを聴いたりといった仕事以外の部分も結構みられるんだよ」
「そうなんですね…」
そう言われて、全く納得の行かなかった私は、書類をまとめて帰り支度を始めた。
「ふぅ…上田さん、ひとつ提案なんだが…」
と見兼ねた室長がこう言ったのだ。
「2週間後、社長も出席するBBQイベントがある。
その幹事を上田さんにやってもらいたい。」
「なぜですか?BBQの幹事と、仕事は関係ないのではないですか?」
と尋ねると、
「それが、上からの上田さんを副室長にする条件なんだ。
そのイベントの幹事をやり切れれば、副室長に任命するとのことだ」
「わかりました。イベント事も仕事の一環ということですね。
BBQの幹事、お引き受けします」
「わかった、来週早々に他部門の幹事から連絡するように伝えておくよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
と言い残し、私はオフィスを後にした。
帰り際、エレベーターホールに着くと、初老の清掃員らしき人がドアの前に立っていた。
「こんばんは。すみませんが、カートが邪魔になりますが、一緒に乗ってもいいですか?」
と声をかけられた。
「ええ、構いません」
とイライラしていた私は、どうでもいいことに構ってる余裕がなかった。
少し言い方が悪かったような気もしたが、(どうせ、この人は仕事とは関係のない人だ。)と思い直し、次に来たエレベーターにその方と乗り込んだ。
「1階でいいですか?」
と聞かれたので、
「はい」
とだけ答えた。
数十秒沈黙が流れ、おもむろに声をかけられた。
「お仕事忙しいのですか?随分お疲れのようですから」
私は内心ムッとしてしまい、
「そんなに疲れているように見えますか?」
とまた無愛想に返答をしてしまった。
「ええ。襟が大変なことになっていますよ」
と言われて、オフィスを出る前に慌てて羽織ったジャケットの襟に手をやる。
すると、後ろ側の襟が反り返っていた。
「あっ!」
「ふふふ。レディは身だしなみには気をつけないとですよ」
「あ、ありがとうございます」
「先程からなにか考え事をされているのですか?」
その男性は、こちらの考えていることが聞こえているのではないか?と思うくらいに、的確に私の心を読んでいた。
「すみません、さっきから。ちょっと仕事でうまくいかないことがあって…」
とあれやこれやと結局1階について出入口に歩いていくまでの間に、ことの顛末をほとんどその男性に話してしまった。
はっ!と我に返り、
「あ!すみません!こんなこと言われても困りますよね。忘れてください。お疲れ様でした」
とその場を離れようとした時、
「新たなチャレンジ、応援してますね」
とその男性は優しく声をかけてくれた。
~翌週の月曜日、AM9:00~
「おはようございます!!」
始業を知らせるチャイムが鳴る中、私はバタバタとオフィスに駆け込み、席についた。
この土日、飲み会の幹事や、BBQで使用する備品や食材の調達経路などについて、徹底的に調べ上げた。
昨日も深夜まで調査していて、危うく遅刻するところだった。
(やるからには完璧にこなしてやるわ。幹事くらい!)
半ばやけくそになっていたのかもしれない。
周りが全然見えなくなっていた。
一息ついてメールを確認していると、営業部の早瀬さんという方からメールが届いた。
『上田さんお疲れ様です。
営業部の早瀬といいます。
今回の合同BBQでの幹事立候補ありがとうございます。
よろしくお願いします。
一度、顔合わせも兼ねて、各部署の幹事メンバーでのミーティングを設定したいと思っています。
急で申し訳ないのですが、本日の午後4時から、A会議室にご参集願えますか?』
とのことだった。
私はすぐに、
『早瀬さん
ありがとうございます。
こちらこそよろしくお願いします。
本日午後4時からのミーティング参加させていただきます。』
と返信を送った。
(この土日の成果を試すときだわ!)
~同日、PM4:00~
指定されたA会議室に入ると、もうすでに幹事メンバーと思われる人が6人、席に座っていた。
一番奥に座っていた男性がスッと立ち上がり、
「上田さんですね?早瀬です。改めてよろしくお願いします。」
と挨拶してくれた。
他の方々も「よろしくお願いしまーす。」と声をかけてくれて、雰囲気はかなりウェルカムな感じだ。
私は、
「企画室の上田です。よろしくお願いします。」
と挨拶をして、空いている席に座った。
持参した資料にはこの土日に調べ上げた情報のすべてがまとまっている。
私はその伝家の宝刀を振りかざすタイミングを今か今かと狙っていた。
しかし…
ミーティングは早瀬さんが指揮をとり、幹事それぞれの役割の進捗を確認する形で行われた。
このミーティングがキックオフではなかったのだ。
場所の選定、食材の仕入れ経路、機材や備品の手配など…
私が調べてきたことはもうすでに整っていた。
企画されていたBBQの規模もその場で知ることになった。
なんと、全社合同という大きなイベントで、毎年恒例なのだそうだ。
入社して7年。
全く興味のなかった私は、この時にこのイベントの歴史を知った。
(どれだけ周りが見えていなかったのだろう…)
(しかも、みんな自分の仕事もあるだろうに、あんなに生き生きしてる)
(あれ?私はなんで幹事にされたんだろう…?もう私がやることなんて何もないじゃない)
そんなことをぼんやり考えていると、
「みなさん、もろもろの対応ありがとうございます!」
と早瀬さんがまとめに入り始めた。
「そして、今回から幹事に加入して下さった上田さんには、イベントの主役ともいえる、余興を担当してもらいます!!上田さん、よろしくお願いしますね!」
パチパチパチパチ…
(え?余興???って何??)
ガタッ!と立ち上がった瞬間、
(拍手が遠のいていく…これは、目眩??)
私はそのまま床に倒れ込んでしまった。
「上田さん!大丈夫ですか!?」
と早瀬さんの声が遠くで聴こえていた…
続く…
「Coiラボ」は、今後も日常の中で発展したご縁や、新しい出会いに繋がる気付きをストーリーを通して発信していきます。